日常と非日常の間
この住宅は施主が日常的に利用する別邸であり、施主はこの別邸を自邸に無いもので満たし、現在の生活を補完する機能を持たせることを求めた。1階はガレージとラウンジ、2階はパーティースペース、3階は全てクローゼット、地下1階はプレイスペースとワインカーブで、住宅にしては不思議なプランになっているのはそのためである。同時に施主からは自邸には無い非日常性を求められたが、敷地が自邸から徒歩1分足らずの所にあるため、周辺環境は施主にとって見慣れた風景であること、しかも敷地面積が限られた都心であるが故、周辺環境や庭と直接関わり合いながら非日常を生み出すことは難しいと考えた。そこで、見慣れた周辺環境に対しては閉じつつ、効果的に光を抽出、それを受け止める建築は外観からインテリア、家具、ファブリックまでをボーダレス且つ等価に扱いデザインすることで、新たな環境表現を試みることにした。
石のようなコンクリート、布のような鉄
高密度な各素材は、少し時間が経つだけでも自然光によってその表情を変化させ、素材の特性を引き出す造形は少し移動するだけで思いもよらないシーンを展開させてくれる。凸凹のボーダーによるコンクリート打放しの外壁は、凹面は型枠に角材を打ち付けて粗く、凸面は研ぎ出すことで対照的な表情にして、更にボーダーの方向を外階段を挟んで上部は垂直に、下部は水平にしている。バルコニーの手摺壁や門扉は様々な幅にレーザーカットしたステンレスフラットバーをバスケットのように編み込み、その表面にフッ素樹脂塗料を吹き付けた後にブラシで荒らすことで複雑な表情にしている。素材の潜在的可能性を引き出す表現とその組み合わせは、我々の惰性化した素材に対するイメージを刷新してくれる。
多様な素材表現と光が共演する玄関
壁は天然石オリーブグリーンコバ積みと杉型枠打放しコンクリートと本漆喰、床は天然石オリーブグリーン張、玄関扉はオリーブ無垢材なぐり仕上げ、シューズクロークはホワイトアッシュ、階段は天然石ビザンチー二と様々な素材表現が破綻することなく調和し、美しい陰影を映し出す。
趣味を満喫するラウンジ付きガレージ
ラウンジではガレージにある愛車を眺めながら寛ぐことができる。ラウンジにはカメラや時計、写真集を飾ることができる棚がセットされている。ガレージの天井はノコ目入り杉型枠打放しコンクリートバリ残し、壁はアンティークウッド、床は研ぎ出しコンクリート、ラウンジの天井は本漆喰、壁はオークフローリング特注グレー色塗装、床は暖杉ラフソーン仕上げと、様々な素材表現を試みながらも、そこに置かれる様々なモノの静かな背景になっている。
ショーケースの連なりのようなプレイスペース
地下のプレイスペースはホール、カラオケルーム、キッチンルーム、卓球台のあるスポーツルームが回遊できるようになっていて、ニッチに埋め込まれたソファやワインカーブと共に、モールディング がその先の風景をショーケースのように見せる。めまぐるしく変化するトップライトからの光がそのショーケースを様々に彩る。
様々なシーンに対応するパーティースペース
隣家の庭を借景として切り取るステンレスの大開口と、トップライトからの光を受けて布のように見える左官壁がパーティースペースを華やかな厳かな雰囲気にする。キッチンは料理人も使用するプロ仕様になっていて、セラミック製のフロントキッチンのカウンタートップにはシンクと鉄板焼が格納されていて、クォーツストーン製のセンターキッチンのカウンタートップにはベンチレーションが格納されている。無煙ロースター付きの十和田石製の囲炉裏を囲むようにソファがセットされている。
料理人と対面する小規模なパーティーにも、大人数が集う立食パーティーにも、気の合う仲間で囲炉裏を囲んでゆっくりすることもできる。
柄を重ね着したようなパウダールーム
壁面は大理石のモザイクタイル、床は天然石ビアンコ_カララ張、シンクカウンターは白系柄模様のクォーツストーン、スツールの貼り地は白いモコモコ感のあるファブリックである。白系で統一しつつも柄に柄を重ねていくような空間構成が、素材の触感を際立たせる。
壁面が発光するクロゼットスペース
ほとんどの壁面がクローゼットであるため、ドーム型のトップライトより採光する。クロゼットのガラス扉にはフィルムが貼ってあり、収納された服を適度に遮蔽しつつ、クロゼット内部を発光させることで部屋全体を包み込む照明にもなっている。2つの部屋それぞれには特注のカウンターがセットされ、鮮やかなスツールが差し色になっている。一番奥の落ち着いた場所はデイベッド付きの書斎になっている。
様式が混在するバスルーム
意外な素材や家具の組み合わせは、言語化=日常化することを回避してくれる。バスルームは石調タイルとガラス、白のクォーツストーンカウンターによるミニマルな空間に、銘木柄をあしらったワゴンとイタリアンデザインのチェアを一緒に置いている。
ニュートラルな階段室
一般的な意味での住宅=日常とも、別荘=非日常とも異なるこの別邸は、日常と非日常の間にある住宅であり、日常を拡張し、あるいは新鮮に見せる、そういった効果を狙う必要があると考えた。形態と多用される素材や仕上げ、エクステリアとインテリアを等価に扱い、そこで動く人や自然光とのインタラクティブな関係の中で、無数のシーンを体験させることで、日常でありながら終わることのない非日常を建築で成立させようと考えた。この住宅の中で最も使用する素材の種類が少なく白で統一された階段室では、天井から壁面へ連続する3次曲面が1日を通して変化する光の状態を体感させる。