エンガワとコヤウラ
家族構成は、会社勤めの夫と主婦・子1人・犬2匹。「庭も欲しいし、それから・・・地元も欲しい」というのが設計依頼を受けたときの施主の言葉だった。これまで10回以上も引越しを繰り返してきた施主にとって、今回の家作りは「地元作り」の一環でもあった。
「庭家」
敷地は、ローカル線の小さな駅から徒歩15分の郊外住宅地。夫の勤める会社へも自転車利用できる程よい距離で、自らの生活圏を作っていくには好立地。1970年代に丘陵地を造成してつくられた戸建住宅団地へと続く道沿いで、周辺には民家・駐車場と相まって農村時代の名残であろう畑や果樹園が点在する。周りの緑も比較的豊かで、緩やかな地形に広がる風の通る青空は気持ちのよいものであった。決して広いとは言えない敷地ではあるが、建ぺい率は50%。小さいながらも土のある庭を必然的に確保できる。そして丘陵地の低層住宅地ならではの広い空。これらを敷地のリソースと捉え、設計をスタートさせた。
軒下空間が街とのつながりを生み出す
郊外に家を建てる最大の魅力は、庭をもてることである。しかし、このような郊外住宅地の中で持続的に暮らしていくことを考えたとき、高い塀やフェンスで囲い、ウッドデッキを設け、ファミリールームを拡張したような家族本位・私有本位の庭はイメージできなかった。隣地の畑に面した奥行きのある庭は、この家の骨格である。日常生活の延長で気軽に近隣の人たちと出会うことができる地域社交の場。歩道に接道させ、人を呼び込み、その庭に沿って人の寄りつける軒下空間を用意した。家-庭-地域が相互補完しあう関係性を作り出すことで、地域とのゆるいつながりを生み出したいと考えた。
木の素材に包まれた温かい空間
建物ボリュームは、平屋建てのように接地性が高く、庭と空に対して伸びやかなものとした。地面から460mmのレベルで置かれた1階の縁甲床は、日常生活の舞台であるとともに、縁側の役割を合わせもっている。中央に置かれたキッチンの周りを子供や犬たちが動き回り、軒下空間では人・光・風が心地良く出入りする。軒下の窓は床の縁に気軽に腰掛けられるように、ひんやりとしたアルミサッシではなく暖かみのある木製引戸とした。勾配天井の2階は、落ち着きのある小屋裏空間。小屋裏テラスでは広い空がまるごと天井となり、東面の傾斜窓からは朝日が差し込み、空へと視線が抜ける。
庭家のかたち
この家を「庭家」と名付けたのは、下町でみられる「町家」や「長屋」といった住居形式になぞっているが、これまでの近代家族が抱いてきた郊外の庭付き一戸建てのイメージを払拭したいという想いからである。
[Photo : 佐藤周哉]